3月24日の日曜日はこちらのコンサートへ。
カルテット・プロヴィゾワール(QP)はルネサンスシャンソンカルテット。以前にもクリスマスコンサートを聴いて感想を書き散らかした、私の推し。
と、今回共演するのが、ソフィオ・アルモニコ。ルネサンスフルートコンソート、つまりルネサンス時代を専門とするフルートのアンサンブル集団。
というわけでこちらのコンサート、古楽好き、QP推し、そしてフルート練習中という私にJust for meなイベントである。行かない理由が無い。
ソフィオ・アルモニコの「ルネサンス時代を専門とする」とは、ルネサンス時代の音楽を演奏するということではあるのだけど、楽器も「ルネサンスフルート」を使っている。古楽というだけでもまあマイナージャンルだとは思うが、その中でもルネサンスフルートによるアンサンブル、というのは大概である。公式のサイトにも書いてあるように「レパートリーの発掘」「奏法の研究」などから始まるとか、そういうレベルのことをしている人たち。
ルネサンスフルートっていうのは、現代のピカピカメカメカしたフルートのご先祖様にあたるわけだが、ルネサンスまで遡るともはや「木の筒に穴を開けたもの」になる。
ソフィオ・アルモニコとカルテット・プロヴィゾワールの共同企画。リハーサルを重ねています。こんなシンプルなフルートと人の声で綴る様々な恋の歌の数々。3月24日はぜひ大森福興教会へ! https://t.co/ak4clsB4Sn pic.twitter.com/BxA6EYCFW3
— Maya (@mayao216) 2024年3月19日
こちら、ソフィオメンバー野崎真弥さんのXより。
かっけえぇ〜。ほしい〜。なんというか、私の「笛が吹けるようになりたい」気持ちの幾分かは、こういう笛を指している気がするんだよ。これが上手に吹けるようになるとき、根源的な自由への翼を手にするんじゃないかみたいな思いがある。
今回のコンサートでは、そういうシンプルな楽器に対してどこか「朴訥さ」みたいなものを想像、あるいは期待していた。ところが、実際に聴いたその音色は、驚くほど豊かな倍音で声のアンサンブルを確かに彩っていた。「古き良き何か」ではなく、まさにいま、キラキラと教会の礼拝堂を満たしている。
というかこれは、ルネサンスフルートがどうとかいう以前に、ソフィオの演奏がおそろしくレベルが高く美しい。そしてアンサンブルがすごい。プログラムの中にはフルートのみのアンサンブルもあったのだが、柔らかな響きでありながらクリアなハーモニーに打ち震えた。
でもって、その直後に声のアンサンブルを聴いた衝撃よ。
人間の声!めっちゃ訴えかけてくるやん!
じつはプログラムの中に「フルートと声でそれぞれ同じフレーズを歌い交わす」的なアレンジの曲があったのだが、美しいフルートのアンサンブルに聴き入った後に聴く声のアンサンブルは、同じ音でも、身体の、頭の、心の全然違うところで受け止めていた。泣いた。そうか、人間の耳は、人間の声に強くフォーカスするようにできてるんだ。そりゃそうだって感じだが、人間の声の音楽を聴くことが多い人生を歩んできたので、これまであまり意識してこなかった。たまに「音楽は好きだが歌はそんなでもない」という人がいて、正直全く理解できずにいたのだけど、今回の体験からすると「人間の声は音楽におけるノイズである」という感覚もあり得るのだなあと思い至った。
いや、まあ、こんなにも感激したのはソフィオとQPのアンサンブル能力が高すぎるからではあるので、一般論にはならない気もする。特にQPはそういう「人間的であること」に関して白眉であるし。そうそう、ここまでQPのことを全然書いてませんが、相変わらずの最高なカルテット。これからも推す。
声とフルートとの対比もありつつ、混合のアンサンブルではその色彩が美しく調和する、素晴らしい空間だった。それでいて雰囲気はあくまでもフレンドリー、かつ丁寧な楽曲の解説などもあり学びの多いコンサート。いやー、ほんとうに楽しかった。