カヌレ馬鹿、浮かばれぬか

カヌレを買った。かの「極上カヌレ」を謳った店が駅の催事スペースに出店してたので、これは買って食べなければならぬと決意した。私にはカヌレがわからぬ。わたしは甘いもの好きである。和菓子でも洋菓子でも食べたり作ったりして暮らしてきた。けれどもカヌレに対しては、人一倍、いや、ほんとうに、なんというか、カヌレのなんたるかが、何度カヌレを食べてもわからないんですね。

食べれば美味しいとは思うけど、どこを目指した食べ物なのかがよくわかってない。外側がカリッと焼かれていて、チョコレート色だけどチョコレートでは全くなく、どうやらカラメル化した色?なのか?中は、プレーンのカヌレだとクリーム色で、しっとり、というかもっちょりしている。この食感は正解なのか?味としても案外甘すぎないのだが、たまご感が強いのだろうか、いくらでも食べられるというような軽さは無いので、一個でじゅうぶんだ。いやしかし?いままで食べてきたカヌレが「そんなでもないカヌレ」だっただけかもしれない。のか?

何でできてるかがよくわからない不安もある。砂糖と粉と卵?作り方もまったく知らない。たぶん、いちど作ってみると意識が変わると思うんだよね。でもカヌレは沼が深そうという勝手な印象で避けている。だいいち、型を持ってないのでカヌレ型を買うところから始めなければならない。そもそもカヌレ型ってなんだよ…カヌレ作る以外に使えないじゃん。いや製菓道具なんてそんなんばっかりだけど。

それで「極上のカヌレ」はどうだったのか。

うーん、たしかに洗練された感じはする。美しいフォルム、均一な焼き色、香ばしい香り、しっとりとした(案外もっちょりは少なめ)生地、控えめな甘みと洋酒のコク。

ただなあ、カヌレってそういうものなのか?という疑問が拭いきれない。もっと俗な感じでは?たとえば「極上のおはぎ」とか言われても、まあ美味しいんだろうけど、おはぎってそうじゃないじゃん、みたいなところあるでしょう。もちろん腰を据えて相対するべきお菓子もあるが、そうではなくその文化の生活の中に溶け込んで、パッと買ったりサッと作ったりしたものをヒョイっと食べる。そんなお菓子。

違うかもしれない。どちらかというとたとえば「落雁」みたいな、品の良さと素朴さ、あとなんとなくの地域性を持つお菓子っぽい気もする。

あるいは「せんべい」だろうか。いまでこそ俗っぽいが、あれはわざわざ家で作ろうとすると少しめんどくさい、どちらかというと二次利用や保存的な意味合いも持つ食べ物。なんかそういう「必要性」が、カヌレにもあるのかもしれない。

いや、お前はカヌレのなんなのか。

ここまで書いて私は何をどうしたいのかすらわからない。カヌレにどうあってほしいのか。美味しいカヌレが食べたいのか食べたくないのか。カヌレが好きで仕方ないのにいつまでもその気持ちは満たされない、浮かばれないカヌレ馬鹿なのか。それともただの馬鹿なのか。