「薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています」

本作は小説投稿サイト「小説家になろう」に掲載され書籍化された、いわゆる「なろう小説」。著者は小鳩子鈴。

私自身はなろう小説をよく読むわけではないのだけど、『森のほとりでジャムを煮る』という作品をきっかけに小鳩子鈴ファンに。新作が出ればたいてい読んでる程度にはファン。いま現在『入れ替わりの花嫁はお家に帰りたい』をなろうで連載中。当然、更新を楽しみに読んでるのだけど、毎回毎回「はやく続きをください〜!」と悶絶するのもなんなので、他の完結済み作品でも読んで気を紛らわせるか〜と思い立って本棚に向かって気付く。

「あれ、『薬師の魔女〜』の2巻…もしかして…買ったはいいけど読んでない!」

そう、『薬師の魔女ですが、なぜか副業で離婚代行しています』が書籍刊行された際、1巻はweb連載された分の収録なのだけど、2巻はなんと全編書き下ろし。1巻の内容を連載で読んだときから好きな話だったので書き下ろしにホクホクしながら買ってきて、ゆっくり読もう〜と思ってそのまま積まれてた。ほんとすみません。

1巻収録分はなろうでもまだ読めます↓

https://ncode.syosetu.com/n1045hq/

しかし2巻は書き下ろしなので買うしかない(買おう)↓

drecom-media.jp

ついでに1巻もどうぞ↓

drecom-media.jp

 

これまで読んだ小鳩作品、ざっくりとは、近代(近世?)ヨーロッパあたりの貴族社会がモデルの世界を舞台にしていることが多い。魔法はあったりなかったり。転生もあったりなかったり。と、まあ世界設定は作品ごとにいろいろであるが、どの作品でも必ず、ファンタジー(ファンタジーでなくても)の中の社会のあり方と、そこに生きる人々の息遣いが感じられる。その世界がそこに自然に存在するかのようで、それが登場人物のひとりひとりに行き渡っている。私がキャラクター原理主義なので、物語の都合でキャラクターが喋らされるのを聞くと白けてしまうタチなのだが、その点で小鳩作品はいつも安心して読める。

醍醐味がもうひとつ。小物や衣装の色彩、質感、手触りの素晴らしさ。作者自身がそういうものが好きだからこそ「近代ヨーロッパ貴族社会」を舞台にするんだろうと想像するが、それをテキストに乗せる作業の丁寧さよ。テキストなのに、衣装の美しさに、絵画の色彩に、宝飾品のきらめきに、登場人物の目を通して見惚れてしまう。『森ジャム』も、ジャム煮の描写、ジャムを煮るという作業を通しての主人公の心の機微の描写が、それはそれはジャムを煮る人(私)にブっ刺さり、冒頭申し上げたように小鳩作品に惚れ込んでしまった次第である。

そして、どの作品も悪意や絶望が少なく、ほっこりと読めるのもオススメポイント。私自身はキャラクターに悪意や絶望を求めがちではあるのだけど、そういうの今はしんどい〜ということもあるしね。それに、良心と希望に溢れていても、世界と物語とキャラクター、そして丁寧なテキストが推進力となって読み進められるので何も心配はいらない。

 

さて『薬師の魔女〜』の感想。

こちらもヨーロッパ貴族社会っぽい舞台だが、主人公ヒロインは平民の魔女、ヒーローは貴族かつ王家に仕える近衛騎士という点で、これまで読んだ他作品、つまり貴族令嬢が主人公(『森ジャム』のマーガレットはちょっと違うか)の作品とは少し毛色が異なる。そこに巧みさがある。

まず「魔女という存在と王族の関係性」が大変重要なのだけど、それはその世界での歴史的経緯によるもので、その設定が痺れる。なるほどなあと、歴史を勉強した気分にすらなる。そういう部分をきちんと整備してある作品が大好物なんですよ。あとは「魔法ファンタジーにおける魔法理論」とかも好き。本作でも、魔女の使う「魔法」と一般人が学んで使えるようになる「魔術」は似てるけど違うとか、同じ魔法でも条件によって魔力消費が違うなどなど、けっこう細かい「理屈」がある。そしてそれがきちんと世界観と整合しながら物語を動かしていく様はなんとも気持ちが良い。

物語は「王族・貴族に不遜な態度を取る魔女(魔女とは歴史的にそうあるべきものという設定なので)のカーラ」と「王族に絶対的な忠誠を誓う騎士(職務ではあるけどそれ以上に恩義もあって)のセイン」のケンカップルが、少しずつお互いを知り距離を縮めるというロマンス…と思いきや、いや、そうなんだけど、縮まるスピードがめちゃ遅い!最後までちゃんと仲良くケンカしてて大好き。

もちろん、ただ単にお互い鈍感すぎる、というわけではない。カーラは訳あって騎士が嫌い、セインも訳あって魔女が嫌い、という最悪の組み合わせによるマイナススタートだからなんだけど、嫌々ながら共に時間を過ごすことで、お互い「こいつはそんなに悪いやつじゃないな?」と思う程度までには辿り着く。しかしそう簡単に素直にはならない。ここまでで、まるまる1巻。。。

属性と個人は別と理解しながら、騎士なんて、魔女なんて、という「呪い」から簡単には自由になれない。そういう機微がとてもしっくりくる。人物が生きているから、どんなに読者がヤキモキしたところで、物語を進めるためにキャラクターが踊らされることがない。

だから、2巻でもう少しずつお互いを知り、その呪いが解けていくいくつかの場面は、ひとりの人間の心のゆらぎ、そこに映るきらめきを描く美しさがある。2人の接近にキュンキュンするというというよりは、横に並んだ2人が少しだけ前を向くような、劇的ではないけど温かい物語。それでも(それだから?)最後までケンカするんだけどね!そこが良い!好き!

じつのところ、カーラのキャラクターもかなり好き。「横柄には横柄を、そうでなければそれなりに」という態度のかっこよさ、一方でちゃんとプライドを持って薬師をやってるところとか、ちゃんと薬草をかわいがって育ててるところとか、そういうエピソードにいちいち喜んでる。2巻ではそんなカーラの境遇が思ってた以上に悲惨だったことが明らかになるが、記憶もないのであっけらかんとしている姿、そして時折見せる寂しい横顔が、カーラのキャラクター像に奥深さを与えている。小鳩作品の主人公はいい子ばっかりですが、カーラは商売っ気の無さやセルフネグレクト気味のところが心配なのも相まって、目が離せないキャラクターですね(親目線?)。

ちなみに、書籍1巻の購入特典(当時)に「挿しボイス」というのがあって、「挿絵と連動した新しい読書体験」なんだそうだけど、細かいことは置いといてカーラの声を当ててるのが東山奈央なんですね。これがまあ「まんま」で。なんなら聞く前から脳内CV東山奈央で読んでたんじゃないかっていうくらい。その点でもカーラのキャラクター完成度は高い。テキスト関係ないけど。

 

ところで、他の作品も読んでるけど、敢えてこの『薬師の魔女〜』だけこうしてブログにまで感想を書いたのか、じつは理由があって…

続きが読みたい!!!!

だってまだまだ未解決の謎はあるし(パトリシアを狙ったアレコレの首謀者の行方とか、カーラ母をめぐるアレコレとか、あとカーラの魔法技術の問題とか…)、何より、まだもうちょい「近づきしろ」があるでしょお二人さん。

いやしかしその先を予感させる素敵なエンディングだったので、実際書いちゃったら野暮かもしれないとは思いつつ、でもやっぱり読みたい。

ていうか、ここまでの感想を読んでいただければ薄々わかってると思いますが、もはや近づかなくてもいいし、謎を解決しなくてもいいので、ただただこのカップルのケンカをもっと見ていたいのです。